1998/12/30 隠密 (6/8)

 今日から西安に遷都して西安を根拠地として活動予定である。 朝は敵に気づかれないように隠密行動をとり、お世話になった 洛陽工学院の寮を後にしたのであった。
 いよいよ西安に遷都を敢行する。
まずは今回の旅行での洛陽最後の買い物である。HuchuanとBeepがデパートで 清の皇帝服を新調するみたいである。俺は掛け軸の買い過ぎで金が無いので あきらめた。
 そして、洛陽最後の食事をしていよいよ洛陽を離れるのである。 昼食はデパートの近くにある店で餃子を食することにした。 ここは前回の旅行にも行ったところで、 安くて量が多くなかなかうまい餃子を食べさせてくれる所である。
餃子
餃子

さあ、腹ごしらえを済ました我々は洛陽駅にバスで移動した。

−移動中−

 洛陽駅に辿り着き、火車の出発を待っていると 物乞いの少年達がBeepのもとに歩み寄り、土下座をしてお金を要求した。 前回はHuchuanに老人が要求を逼ったが、今度は少年でBeepに逼っている。 Beepは日本語でいろいろと諭し(意味無いが)、 少年達を退かせたのであった。 少年達は別の客の所に行ってお金を貰っていた。 ある意味少年達は働いていて、人生の厳しさは十分分かっている のかもしれない。 お金を上げるのが優しさか、お金を上げないのが優しさなのか 考えさせられる一幕であった(Beep談)。
 そんなこんなで火車の出発の時間となり、我々は火車に 乗り込んだのであった。火車は無事定時に出発し、しばらく行くと二日目に 行った漢函谷関の脇を通りすぎたのであった。みんなも洛陽から西安に火車 で行くときは進行方向の左側を注意しておこう。漢函谷関が見えるはずである。 途中、中国のSLを発見した。走っている所などもう日本ではほとんど見られ ない代物である。まだ中国では現役らしく白い煙を吐いて走っていた。

そして、しばらく行くと中国の五岳の一つ崋山という山がやはり左側を眺めて いると見えてくる。夏はどんな姿をしているかわからないが、今は雪が積もって 太陽の光を反射して白く輝いており、なかなか美しい山であった。

 こうして崋山を遠望した我々は無事西安に辿り着いた。
駅を出ようとホームを歩いていると一人の小姐が 俺に何やら中国語で話し掛けてきた。 当然俺は中国語が分からない。さっそくHuchuanに対応をお願いする。 すると英語も交えて何やら話してきた。Huchuanは中国語があまりしゃべれない ふりをして話を進めていった。話を聞いてみるとどうやらホテルの勧誘らしい。 我々は相談の結果、とりあえず小姐の後についていくことにした。 着いたホテルは駅から近く、普通のホテルであった。名前は尚徳賓館という所だ。

尚徳賓館
尚徳賓館

場所は尚徳門から100mほど行った所にある。 シャワーの根元が壊れていていたこと、コックローチがバスタブから逃走し たことを中国では当たり前であると仮定すると、 そのホテルは十分満足できる所であり、値段も安いほうなので 我々はこのホテルにお世話になることにした。
小姐は西安ツアーの勧誘もしてきた。しかし、我々は自由を愛する英雄である。 その勧誘を跳ね除け自らの足で遺跡を見に行くことにしたのであった。 今日はもう時間も無いので比較的近くにある鐘楼に行くことにした。 その前に腹ごしらえである。屋台の場所を探し、少し歩く。夜食はHuchuanの勧めで 少し危険な香りのする屋台に入って麻喇鍋を食した。

麻喇鍋とは、串に刺さった様々な食材(野菜、羊肉、魚介類) を鍋に放り込み、味噌とラー油で作った辛いたれをつけて食べる鍋である。 ちょっと危険で辛かったがなかなかうまかった。
今の所は腹の調子はまずまずである。
 鐘楼は西安場内のほぼ中心に位置し、大路が東西南北に走っているのだ。 我々が行ったときには夜だったので中には入れなかったが、ライトアップされていて なかなか良い風景であった。

今日はほとんど移動で終わったため、特にこれといったイベントはなかったが、 HuchuanとBeepの皇帝の服を作りに行ったときに、はぐれてしまい一時は どうなることかと心配したが無事合流できて今の俺は存在するのであった。


洛陽駅
洛陽駅

中国のSL1
中国のSL1

中国のSL2
中国のSL2

崋山1
崋山1

崋山2
崋山2

麻喇鍋
麻喇鍋

鐘楼全景
鐘楼全景

月と鐘楼
月と鐘楼

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