| −1998/12/27 漢関− | (3/8) |
| 今日はもう一つの函谷関である漢関に攻め込む予定である。まずはその前に腹ごしらえである。大学の近くに屋台が出ているそうなのでそこで食事をすることにする。すこし、時間が遅かったので朝食用の屋台は店じまいを始めているころであったが、何とか間に合い食事を済ませることが出来た。朝食は豆腐スープと油餅を食した。まあ、味は普通であった。
(ちょっと危険を感じたが…)豆腐は一丁まるまる入ってるんじゃないかというぐらいの量で 、中国の食の迫力を感じた朝であった。 さて、いよいよ函谷関に攻め込むのだ! その前に、資金を調達するのだ!担当官はHuchuanである。 民の忠誠度を失わずに見事成し遂げてもらおう。 −交渉中− さすが、Huchuanである。見事に2000元ほど入手に成功し、さらに有力な情報を入手してきた。 我々は意気揚々と函谷関に向かうため、函谷関方面に向かうバスを捕まえて乗り込んだ。 乗り込むと例の如くおやじが行き場所を聞いて金を徴収する。しかし、我々が函谷関と言うとおやじは函谷関の場所を知らないらしく戸惑っていた。するともう一人のバスの乗組員の小姐が「あんな有名な所も知らんのか!」とおやじを怒鳴り、おやじに徴収する料金を教えた。(苦笑) 。 そんなこんなで我々は無事函谷関(地名)まで辿り着きいよいよ漢関に向かうのである。 しかし、我々は場所がわからない。さっそく付近の住民に漢関の場所を聞いた。 我々は最初、「函谷関はどこだ?」と聞いたのだが、その兄ちゃんは「函谷関はここだ!」 と言った。そこで「漢関のことだ!」と聞き直すと「知らない」と言った。 他の人に聞きに行こうとすると奥から年配の人物が現れ、漢関の場所を教えれてくれた。頼るべきはやはり年輩をねらえである。 さっそく我々は道々、現地の人に場所を聞きつつ漢関へと向かった。 漢函谷関に向かう そこは、秦関のようにテーマパークにはなっていなく、近くに住民の住居が存在し寂れてしまっていたが、 まだ関の面影を残していて見るべき価値はある。 秦関よりは見劣りするが関の雰囲気はこっちの方がいいかも知れない。 ![]() ![]() 漢関の石碑1 漢関で記念撮影(隠者) ![]() 漢関の石碑2 風景に関しては秦関のほうがいいのだが、漢関は漢関でなかなか良いものがある。 この漢函谷関の上には孔子廟があったらしいのだが、今はその後らしきものだけが存在するのみである。 漢関の門址の東側には一対の高い土台がある。 一つは「鶏鳴台」であり、もう一方は、老子が函谷関で「道徳経」を著したという伝説に ちなむ「望気台」がある。いずれも秦函谷関にあった楼台の名を漢函谷関で踏襲したものである。 ![]() 望気台 鶏鳴台 これで、我々は二つの函谷関を攻略したのだが、実は函谷関はもう一つ曹操の建てたものが秦関 の近くにあったのだが、それはもう無いらしく時間との関係で行くことは断念したのであった。 さて、漢関を突破して帰るときにイベントが発生した。 帰るために乗り込んだバスの前方のトラックから林檎爆弾が投下されたのだ。 (10個ぐらいの林檎が荷台の後ろから漏れ落ちた) しかし、バスの運ちゃんは何事も無かったように平然と林檎を踏みつけてそのままバスを走らせ ていったのであった。このような事は日常茶飯事なのかもしれない。 洛陽に帰ってきた我々は昼食を取ることにした。 今日は前回の旅のときに立ち寄ったHuchuanお勧めの店に向かった。 雰囲気は危険だが味はなかなかのもので(焼き蕎麦ともやし炒めだけ:Huchuan談) 焼き蕎麦ともやし炒めを注文して食事をした。 前回は腹の調子が悪いままこれを食したので次の日も調子が悪かったが、 今回は食する部分も気を付けていたので今の所、腹の調子は特に問題なく、 良いほうであった。 ここで、中国での食事の方法を考察してみようと思う。中国では埃が多く、 手もすぐ汚れてしまうので食事には注意が必要である。特に屋台などでは手を洗う場所も無く、机も汚いので食する場所を考えなければならない。 うっかり、汚い手で箸の先端を持ちその箸で食事をしようものなら多分、免疫の無い貴方は腹を壊すだろう。机に落ちた物も食してはならない。日本ならまだ衛生面で大丈夫かもしれないが、中国ではやはり危険である。あと、 コップも一度お茶かビールなどで洗ったほうが無難である。 食事を済ませた我々が次に目指すは、洛陽公園である。そして、ここに向かうときにもイベント発生である。バスで移動中ビラ配りの兄ちゃんを見つけたのだが、この兄ちゃんがすごい。 通り掛かった自転車の籠の中にビラを見事に放り込んでいるのだ。 Huchuanの話によれば、これは中国では常識らしい。Huchuanも昔やられたそうだ。 何でも、それを阻止しようとして行こうとしても放り込んでくるらしい。 無事公園にたどり着く。この公園の近くに中国銀行洛陽支部本店があり、両替をしてくれると言う情報を入手していたので先に両替をしてもらいに行く。 やはり、ここは中国である。一人一人の両替を面倒くさがり、三人分のお金をまとめて両替を しようとしてきた。我々はしょうがないので一つにまとめて換金を済ませ、それを三人で仲良く分けた。無事、中国での運用資金も確保できたので我々は本当の目的地の公園に向かった。 この近くには王城保齢球館(ボウリング場)があったので中国はどんなものかと見物しに行った。 麻雀の役の名前のついたスコアが書かれており、 それを達成すると何かのサービスを受けられるみたいであった。 さて、話はちと脱線したが、洛陽公園に行ってみると我々が目的としているものがそこから前回我々が行った古墓博物館へと移転されていた。 何と我々はもう既にここを征服していたのだ。 洛陽公園1 我々は笑いながらここを後にして土産物を物色しに行ったのであった。 今日は疲れた…。今夜はHuchuanの留学時代の仲間たちとの飲み会である。 Huchuanは負けると一杯飲まないといけないゲームをして負け、たらふく飲んでいる。 大丈夫か?明日の旅が不安であると思いつつHuchuanを残して先に休ましてもらう。 Huchuanはわざと負けているのだろうか、それとも計略にかかっているのだろうか…。 |
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