故事考察三「三年鳴かず飛ばず」
今回は春秋戦国時代の話から、「三年鳴かず飛ばず」の故事についてお話します。
春秋戦国時代(紀元前400年頃)は秦、晋、斉、楚、呉、鄭、魯などの国が割拠する戦乱の時代でした。
その中の楚国(現在の荊州あたりの国)の荘王は即位のとき、「一切の諫言を許さず、敢えて諫する者は容赦なくこれを誅す」
と布令を出し、政令を発することもなければ、朝廷も開かず朝議にも顔を出さず、
まったく政務を顧みることなくもっぱら後宮に篭って酒色に沈溺していました。
何人かの大夫が諫言をしましたが、その度に誅殺され、敢えて諫言をする人がいなくり、
三年が経ったある日、たまりかねた大夫の蘇従という人物が、荘王の側近の伍挙に取次ぎを頼みました。
伍挙は荘王に謁見して謎かけをします。「阜(山の頂上)に大きな鳥が止まっております。
三年の間じっとして鳴かず飛ばず。さてそれは何の鳥でございましょうか?」
荘王はそれに答えてこう言いました。「三年も飛ばないから、ひとたび飛び立てば天に沖し、
三年も鳴かなかったから、一旦鳴けば人々はその声に驚いて肝を潰すぞ。」
蘇従がさらに聞きました。「その鳥はいつ飛び立ち、そして鳴き出すのでしょうか?」
すると荘王は「今すぐ、飛び立つぞ。」と朝議を開き、三年の間の功過により大夫を処分し、
楚の国は繁栄しました。ちなみに、この伍挙はあの伍子胥の祖父です。
また、別の話として斉国の威王が即位の当初、後宮にに閉じこもって長夜の宴を張り、歌舞にその日を送り、
朝廷に出席して政務を見ようとはしませんでした。そして、政治の運営は大臣に委せきっていたので、
国内では官吏の執務は怠惰をきわめ、斉国の存亡は明日も量れないという危機にまで陥りました。
しかし、威王の剣幕に恐れをなした近臣は誰も諫言を言えませんでした。
このとき、大夫の淳于コンが威王の前に出てきて謎を問いかけました。「国都に大きな鳥がきて、
朝廷の真中に舞い降りました。それから早くも三年を数えるのに一向に飛び立つ様子も見せなければ、
鳴く様子もございません。王様はこれが何と言う鳥だかご存知ですか?」
威王は即座に「鳥は飛ばなければそれまでだが、一旦飛べば直ちに天に舞い上がろうとするからだ。
鳴かなければ仕方ないが、一度鳴けば人を仰天させるほど大声をあげるからだ。」と答えました。
そして、行政の実績をあげていた者に重賞を与え、実績の見るべきものが無いのに評判ばかり高かった者に死罪を宣告しました。
つまり、「三年鳴かず飛ばず」の意味するところは、本当の君子は一時期におかしな行動(不遇な時)があったとしても、
先のことは考えていて一旦動くと驚くほど素晴らしい行いをするということです。
ちょっと行動のおかしい人や不遇に悩んでいる人に「三年鳴かず飛ばず」の謎賭けをしてみると素晴らしい業績を上げるかもしれません。
(隠者)
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