1998/04/30 治療 (5/9)

 今日はまず、中国の百貨店である亜細亜によってカメラを購入した。 カメラは「HANIKA」というおそらく中国版「KONIKA」と言った所か。
 とりあえず、写りそうだ!
華陀の墓に向かう道
華陀の墓に向かう道

華陀の墓に向かう道2
華陀の墓に向かう道2

 その後、バスで「華佗の墓」の近くまで行き、 三タクで「華佗の墓」に向かう。 延々と続く1本道の途中、
村人が祭りを行っていた。 その中を通り抜け無事「華佗の墓」に到着。 これがまた辺鄙な所なのだが、現在はテーマパーク を建設中で、墓の前には小さな針治療の病院が存在した。
 やっているのは華佗ゆかりの人間か?
 テーマパークが完成すれば結構大きな物になりそうだが、ここも資金が無いのか?
頑張れ!華佗!

華陀墓のテーマパーク完成図
華陀墓のテーマパーク完成図

おそらく廟が建つ予定の地
おそらく廟が建つ予定の地

神医華陀氏
神医華陀氏

華陀、麻沸散を用いるの図
華陀、麻沸散を用いるの図

 
「華佗の墓」を見学後、次の拠点洛陽に向かう。途中、虎牢関に立ち寄るため、許昌より洛陽行きの高速バスに乗る。本当は違法なのだが虎牢関によるため高速道路の途中で降ろしてもらう。そして三タクを利用して虎牢関に到着。
 虎牢関の石碑、崖の上にのぼって虎牢関を一望。なかなか雰囲気のある所で、 霧のかかった虎牢関はとても幻想的であった。 ここで呂布と劉備・関羽・張飛が戦ったのだなぁと感慨に耽る。
ここにも関帝廟があり、明の時代に作られた廟と最近作られた廟の二体の関羽が祀られていた。また、めずらしく呂布の絵が描かれていた。文革で壊された石碑や瓦もごろごろしていた。

虎牢関の関帝廟の関羽 虎牢関の関帝廟の壁に描かれた関羽
虎牢関の関帝廟の関羽(左)
虎牢関の関帝廟の壁に描かれた関羽(右)


その後、虎牢関の近くにあるという呂布城に向かうため三タクをひろう。
 タクシーには先客がおり相乗りとなったのだが、どうやらその先客の小姐とは行き先と方向が違うらしくその小姐が降ろされることになった。タクシーの運ちゃん曰く 「俺は金のある方に付く、だからお前は降りろ」
 と相乗りしていた現地の小姐を別のタクシーに追いやってしまった。 小姐はとても怒ってた。無理もない。 やはり毎日誰かが我々のためにとばっちりを受け苦労しているみたいである。
 関帝廟でフィルムを入れ替え、黄河のほとりまできて写真を撮った。巻き戻しのとき異様な音がしてきたので、ちょっと蓋を開けて確かめて見た。 その後音は消えたがちゃんと巻いてなく、そのフィルムで撮った写真は写ってなかった。非常に残念である。あの小姐の祟りか!?
  それはさておき、呂布城に行く前に「張飛が使用したといわれる罠」があると言うので それを見学。その罠は民家の中にあり崖の上から垂れ下がった鎖は錆びていなかった。
そこの住民の話によると不思議と錆びないらしい。これが本当ならすごいことだが、何故、民家にあるのか、国は保護しないのかと疑問があり、これはちょっと怪しい...。しかし、普通ではこんな物は探せないのでその話を信じていい思い出にしよう。
そして山奥の呂布城に向かう。しかし呂布城は看板しかなく城の形跡は何もなかった。 しかし、三タクの兄ちゃんがガイドをしてくれたので、 (我々は何を言っているのか分からなかったが)Huchuanは理解していた。 どうやら本物らしい。

 今日の遺跡巡りの予定は無事終了したので高速道路に戻り、 高速バスをヒッチハイクした。これも違法である。 もう暗くなっていたのでなかなか止まってくれなかったが、何とかヒッチハイクに成功し、 無事高速バスに乗る。バスは洛陽目指して走り出す。
 そして、雨が降りしきるなか洛陽へ。Huchuanの住まいに向かうためタクシーを拾い、 無事到着。晩飯がまだだったのでHuchuan推薦の屋台に向かい晩飯を食う。少し、危険 な香りのする場所だったが、味はそこそこうまかった。しかし、この辺りから俺の腹の調子が悪くなるのである。
 ちょっと疲れた1日であったので、明日の天気を心配しつつ風呂に入って就寝。

華陀墓の石碑ナメの華陀墓2
華陀墓の石碑ナメの華陀墓
虎牢関の近くにある関帝廟
虎牢関の近くにある関帝廟
張飛が使用したといわれる罠
張飛が使用したといわれる罠

戻る 2/4 次へ