1998/04/28 出陣 (3/9)


 朝6時頃周りが騒がしくなり始めたので目が覚めた。もうすぐ鄭州らしい。黄河ってやつを火車の窓から拝んだ。思ったよりたいしたこと無かった。
 火車は無事鄭州に着き、許昌に向かうバスに乗り込んだ。あんまり眠れていなかったので、バスの中で睡眠を取りながら無事許昌に到着。途中の景色はなかなか風情があって面白かった。

 さっそく、許昌の拠点となるホテルを探し出した。 
どうやら今度は安心して眠れそうだ。しかしそこはトイレが汚かった。同じ階には何やら怪しげな美容美髪という小姐がいる床屋がある。我々はホテルに荷物を置き昼食を取った。 またまた危険な場所である。しかし味はまともなほうであった。

 さて今日は、まず春秋楼から攻めることにする。関羽が劉備の二夫人と共に捕らわれていた楼閣である。その中で関羽はじっと春秋を読みふけっていたのだ。

 中に入るとまず正面に小さめの堂が見える。その中には関羽が春秋を読んでいる像があった。そして、堂の奥には巨大な黄金の関羽像があり、 その両脇には黄金の関平・周倉・廖化・王甫の像があった。こっちの像はまだ建設中のようで竹組みがまだ残っていた。堂に向かって右側の小さな堂には甘・糜の二夫人の蝋人形があり、2元を払って見学した。確かに良くできてはいたが2元は高い!
 また、左側の堂には何故か、孔子一門の像があった。真ん中に孔子、そして左右に顔回・孟子・子思・墨子の像があった。今考えると春秋に関係しているからか!

春秋を読む関羽(春秋楼中殿)
春秋を読む関羽(春秋楼中殿) 

 春秋楼大殿に居座る黄金の関羽(建設中)
春秋楼大殿に居座る黄金の関羽(建設中) 

関羽の左脇を固め漢寿帝候の印を持つ関平関羽の右脇を固め青龍偃月刀を持つ周倉
関羽の左脇を固め漢寿帝候の印を持つ関平(左)
関羽の右脇を固め青龍偃月刀を持つ周倉(右)


廖化像王甫像

廖化像(左)
王甫像 (右)


孔丘像(孔子)
孔丘像(孔子)

孔子に縁の者達

孔子に縁の者達

 春秋楼を後にし、次に立ち寄ったのが覇凌橋のある「覇凌橋文博宛」だ。 覇凌橋でのエピソードは、曹操のもとにいた関羽が、行方のわかった劉備のもとへ向かうときに、この覇凌橋で曹操に追いつかれた。曹操に錦のひたたれと財宝を送られるが、 関羽は赤兎馬に乗ったまま財宝は受け取らず、ひたたれを青龍偃月刀に 引っかけて受け取りそのまま立ち去った所である。
 そこには関帝廟と橋の隣に関羽の石像があった。 その関帝廟に関羽像は当然あったのだが、その像の中で珍しいものでは 白眉馬良の像があった。桃園の誓いをしている像なども存在した。

貴重な白眉:馬良の像

貴重な白眉:馬良の像

 中でもなかなか見ごたえのあるのが関羽の一生みたいなものを壁に描いてあり絵巻物みたいになっている所だ。

「桃園結義」の壁画(覇凌橋文博宛)
「桃園結義」の壁画(覇凌橋文博宛)

「関羽、曹操を見逃す」の壁画(覇凌橋文博宛)
「関羽、曹操を見逃す」の壁画(覇凌橋文博宛)

関羽、青龍偃月刀を持ち赤兔馬に乗る
関羽、青龍偃月刀を持ち赤兔馬に乗る

黄金の関羽像
黄金の関羽像

馬超と黄忠
馬超と黄忠

桃園結義

桃園結義

覇凌橋文博宛の隣には「三國演義」というドラマで使ったセットがあったのでそこを見学した。管理がいい加減なので、結構破壊されていた。

 
続いて、賀庄村にあると言われる「夏侯淵の墓」へタクシーで向かった。
ここは今日一番苦労した所である
(タクシーの運ちゃんが...)。
 場所がわからないので人の良さそうなタクシーの運ちゃんと共に場所を聞きまくる。
そしてようやくその場所を発見。
 しかし、なんと墓はガス会社の敷地内にあったのである。会社の敷地内なので、その会社の人に許可を得て中に入る。
  そこの人の話によると、夏侯淵の墓はもともともっと大きい塚であったらしいのだが、 農民の手によって畑にされてしまって墓は無くなってしまったのだ。
 そこに新しく小山を作り、その上に石で作ったモニュメントを後から付け加えて墓に したらしい。今はこのガス会社の敷地内に存在する。
つまり、偽物の「夏侯淵の墓」である。
 しかし、この辺りに「夏侯淵の墓」があった ことは事実なので夏侯淵の悔しさを思いつつ墓を写真に納める。 
夏侯淵よ、成仏してくれ!

「夏侯淵の墓」の頂上にあるモニュメント
「夏侯淵の墓」の頂上にあるモニュメント

「夏侯淵の墓」は見つけるのも難しいが、墓に入るのも難しい場所であった。 タクシーの運ちゃんには苦労させたので表示額は11元だったが30元ほど支払ってやった。
しかし、道の悪い所を走ったのでタクシーが壊れているかも知れない。 タクシーの運ちゃんも嫌な奴に捕まったと思っているに違いない。

本日最後に向かうのは「王允の墓」である。
バスで移動して、川沿いを15分ぐらい歩いた場所に「王允の墓」はあった。 こんもりとした塚に一本木が目印になっているのであるが結構判りづらい。
本当に重要指定文化財なのであろうか?
何か王允が可哀相になる。

 せっかく国のために董卓と呂布を仲たがいさせ董卓を倒し 国を救ったのに、墓はほんの小さな小山で、石碑が小山にぽつんと埋め込まれているだけで 周りは何もなく人もいないし、忘れ去られているみたいだった。
これも夏侯淵の墓みたいに農民に削り取られたのだろうか。 そのうちなくなるかもしれない。
頑張れ、王允!


王允の墓を示す石碑
王允の墓を示す石碑

 今日はいろいろ歩いたのでくたくたである。ホテルで風呂に入ったが、
湯が出なかった。水でなんとかきれいにした。しかし、これが冬だったら風邪を引くところである。 Huchuanがホテルの人物に聞くと湯の栓を締めていたらしい。そのあと湯が出るように なった。くやしい!!
(お湯はなぜか青い色をした方らしかったが...普通赤だろ!)
 ホテルでは中国語に吹き替えられた「金八先生」を少し堪能して就寝。

春秋楼
春秋楼
春秋楼大殿
春秋楼大殿
覇凌橋のある「覇凌橋文博宛」に向かう仲間達(見えるのは「三國演義」というドラマで使ったセット)
覇凌橋のある「覇凌橋文博宛」に向かう仲間達(見えるのは「三國演義」というドラマで使ったセット)
覇凌橋にある巨大な関羽の石像
覇凌橋にある巨大な関羽の石像
貴重な「夏侯淵の墓」(全体図)
貴重な「夏侯淵の墓」(全体図)
王允の墓にある一本の木(王允の心情を物語っている)
王允の墓にある一本の木(王允の心情を物語っている)
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