| −1998/04/27 桃園− | (2/9) |
昨日は全然眠れなかった。 朝早く起きてホテルの周りを探索してみたが、 特にこれといってどうというところはなかった。 ただ、川の水が汚く臭い。中国人よ、早くこの問題に気づき、対処すべきである。それはさておき、今日の観光地はタク県の楼桑村の三義廟、 張飛店(忠義店)村の張飛廟、張飛古井に行く予定だ。 朝食は川を渡った所にあるちと怪しい(危険な香りのする) 店に行ったが、意外と大丈夫だった。 その後、ホテルをチェックアウトし高速バスでタク県に向かう。1時間ほどバスで揺られ到着。昼食はこれまたちと怪しい店に行った。 「不味い。」 料理には蠅がたかっていた。 ちょっと身の危険を感じつつ食べ終える。 それから、店の前でタクシーを拾い楼桑村の三義廟(勅建三義宮)に向かった。 三義廟は門が閉まっていて中に入れない様子だったのだが、Huchuanが管理者を発見して進入の交渉を行い、みごと中に入ることができた。普通は30元のところを学生と偽って20元にしてもらった。 ガイド付きでしかも貸し切りである。なんと贅沢であろうか。 中を管理者に案内してもらった後、写真撮影の許可をもらい、 作成途中の像を撮りまくった。大満足である。 それでは三義廟内をご説明する事にする。 正面の門を入ると管理人が何かを栽培している畑?があって、その先に別の門が見える。 その門の中には関羽が自慢の髭をしごきながらでんと座っており、 進入してきた人物を威嚇する感じである。また、赤兔馬と的盧が武将に手綱をとられて 両脇に立っている。といった感じだ。 赤兔馬 的盧そこを通り過ぎると、正面に劉備・右側に関羽・左側に張飛を 祭った堂があり、張飛堂の横には石碑が建っていた。 堂の中には劉備・関羽・張飛の像とそれぞれに関連の深い 武将達の像があり、関羽・張飛の堂には2人に関するエピソードの一つを型どった像もあった。 しかし、お金が無いらしく、制作途中でもあり、色が塗られてなかったり ひびが入っていたりとあまり人に見せるようなものではなかったが、 なかなか通にはたまらない逸品だった。 ![]() 赤兎馬を盗もうとして捕まった者(姚彬)を打ち据える像 ![]() 張飛、都督を打ち据えるの像 ![]() 蜀の武将達 ![]() 蜀の武将達 そして、劉備の堂の裏側には、またさらに堂が三つあり、真ん中の堂には 劉備・関羽・張飛の三人の像、その両脇には劉備の妻である 孫夫人、甘・糜夫人の像があった。 右側の堂には劉備・諸葛亮の像があり、関羽・張飛以外の五虎将の像があった。左の堂には劉備・関羽・張飛の息子の劉禅・関興・張包の三人の像があり、脇には劉禅の息子の劉[言甚]とその妻・息子の像があった。 ![]() 左から劉備、諸葛亮、黄忠、魏延? ![]() 劉備、俺、諸葛亮 ![]() 張飛、劉備、関羽 ![]() おそらく、劉(劉禅の第5子)とその妻と子供と仲間達 これらをすべて写真に撮り、大変貴重な思い出を手に入れた。しかし、次の張飛店村に行くときに俺のセカンドバックが無いのに気づいた。手痛いミスを犯してしまった。中には帰りの航空券など大事なものが入っているのだ。 おそらくここまで乗ってきたタクシーの中に忘れているのだろう。 ちと動揺したが、ここは慌てず予定通り、張飛店村に行くことにした。 俺のミスで予定をキャンセルし、無駄な時間を取ってはいけないのだ。 おそらくタクシーは出発地点に帰っており、そこで俺のバックを手に 入れているはずだ。 さて、張飛店村に着いた我々は張飛廟へと向かった...。 そこはとても寂れていた。門が閉められており誰も作業している者はいないし、管理者らしき者も誰一人いない。閉じられた門の横に、侵入できるスペースがあったので、我々はそこに入り込み写真を撮った。 中は何も無く建物が存在するだけだった。 やはりお金が無く、工事が中断しているらしい。悲しい問題である。 ![]() 張飛テーマパーク全体図(完成に何年掛かるか) ![]() 張飛が居座る予定の場所(Beep) そして、最後は張飛古井に向かった。 その途中、張飛古井の場所が分からなかったので、Huchuan自慢の中国語で、 ある老人に古井の場所を尋ねた。 すると老人はある場所を指差した。 そこには柵があり、どうも入れそうにない。 どうやって入るんですか? と尋ねると 「飛び越えろ。」 と言ったらしい。さすが中国人。 我々は老人の言う通り、塀を飛び越えた。 しかし、そこもさびしい所だった。何か張飛が可哀相である。 これら三つをまとめるテーマパークが完成すれば、 さぞすばらしいものになるはずだが...。如何せん金がないらしい。 実に惜しいことである。 ![]() 張飛古井の石碑(算数の計算の後がある:落書き) ![]() これが、張飛古井 ![]() 張飛古井を後にする仲間達(水桶があった) さて、無事観光も終わり、俺のバッグを取り返す番である。もときた場所に戻り、乗ったタクシーの運ちゃんを探し出す。 案の定、いやがった。 今考えると、あの運ちゃんはバックの中身を見てこれは日本人だ。金をせびってやろうと思っていたに違いない。最初、お礼として10元を渡そうとしたが、受け取らない。 俺は最初、金なんかいらない。親切でやったことだ。 と言っているのだと思ったが、どうやら違ったらしい。 バックを貰って帰ろうとすると、俺のバックを奪いやがった。どうやらもっと欲しいらしい。 何て意地汚いやつだ。 30元要求しやがった。最初タクシー代を値切ったのも効いたらしい。俺は持ち合わせが無かったので50元を渡してやった。釣をくれと言うとまた難癖を付ける恐れがあるのでさっさとそこを離れ北京に帰った。これで少し中国人が嫌いになってしまった。 残念だ。まあ、無事見つかったからよしとしよう。 夜は次の目的地、許昌に行くため、北京西駅に行き晩飯を食った。最初はよかったが、その後食ったラーメンみたいなものはまずかった。 その後、鄭州行きの火車(列車)に乗った。 火車の中で何やら駅員らしき人物が俺に座席の交換を頼んできた。どうやら、体の不自由な人がいるらしいので、 場所を変わって欲しいらしい。快く変わってさしあげた。そのとき10元くれるらしかったのだが、 貰わなかった。言葉が分からないので筆談を行ったのであるが、なかなか面白い経験だった。 |
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