1998/04/26 出発 (1/9)


   いよいよ、中国本土本格旅行に出発である。

 思えば前回の卒業旅行では、香港から北京に向かおうとしたとき、Beep氏の持っていたクレジットカードの利用限度額が乏しく、泣く泣く広州に行かざるおえなくなってしまったのだ。

 予定から30分遅れで成田を飛び立った飛行機は、気流の乱れで飛行機がたびたび揺れた。冗談で「墜落するかも!」(エンジンも揺れていた)と話をしてたが余裕はあった。しかし、このあと洛陽に留学しているHuchuanに無事会うことができるか不安であった。

 北京に着き空港内を少し探し回ったが、なんとか無事Huchuanに会うことができた。約2年ぶりの再会である。

 バスとタクシーで今夜泊まるホテルに到着。フロントではHuchuanと中国人の会話の内容がまったくわからず、Huchuanに任せっきりだった。Huchuanがいなかったら、どうなっていたか考えるとHuchuanの存在の大きさを実感する今日この頃である。

 結局ホテルの部屋は、ドミトリーの4人部屋のと決まった。それはそれで何とかなると思ったが、なんと3人別々に泊まることになった。(なぜ...?)一人では不安である。しかも、ルームメイトはごついガタイの欧米あたりの外人さんである。眠れそうにない。Beepは逆に他のメンバーは女性である。それはそれで、眠れそうにない。しかしまあ、なってしまったものはしょうがないし、これも経験である。野宿よりましだし...。Huchuanは30人部屋に泊まっていたらしい。しかし、ドミトリーはやすいね!

 そこのホテルは1人30元で、泊まってる間保証金として100元預ける。帰るときにその金を返してもらうというシステムだ。京華飯店という名だ。英語が通じるが、日本語はたぶん無理だろう。しかし、日本語で何やら案内はあった。(ところどころ間違っていた)。日本人も結構いた。

 日本人の小姐の留学生とちょっと顔見知り程度になり、少し話をしたのだがV6が7人になるとか変な噂が流れているらしい。あっ、名前と住所を聞くのを忘れていた、失敗失敗!

 晩飯は、ホテルの近くにあった飯屋で食す。この後の旅の食事場所を考えると、結構ちゃんとしたところで何とか大丈夫そうだった。味もそこそこである。

 ホテルで記念撮影をしたが、そのときサングラス(●-●)をしていたので、通りかかった留学生の小姐に「好看」といわれた。Huchuanに意味を聞くと「似合っている」とか「かっこいい」という意味らしい。同じような発音で「好漢」というのがあるが、こっちでもいいような気がする。

 その後、ホテルの休憩室でHuchuanにお土産として買っていった日本酒を飲みながら、明日の観光地を決定すべく話し合った。

 そして明日は、俺の提案した「[水豕]県(現在:たく州)」に行くことになった。劉備、関羽、張飛の三人が桃園結義を行った場所である。
張飛古井なども見る予定である。非常に楽しみだ!しかし、中国語がしゃべれないので、Huchuanに任せて行くしかない。やっぱり帰るまでにはいくつか中国語を覚えておかないと帰りはHuchuanがいないので、無事日本に帰れるか不安である。
明日は明日の風が吹く〜!
 


機内より

機中
京華飯店
戻る
2/4
次へ